■1 我友サンダーヘッド

大統領直属部隊となった我々の次の任務、ベルカ残党によって隠匿された戦術核弾頭SAD(サーチ&デストロイ。捜索・破壊作戦)が始まった。まずは、数ヶ所ピックアップされた隠匿の可能性の高い場所を偵察し、その所在を明らかにすることだ。使用する機体は武装を全て降ろして、高性能偵察機器を搭載して偵察機仕様に改造されたRF-22が2機。搭乗するのは、ブレイズ、スノーのペアと、俺とサンダーヘッドだ。この編成を告げた時に隊員の皆からブーイングを食らったが、単機非武装の非常に危険な任務を部下に押し付けるわけにはいかないので、適当な理由をつけて押し切ったのだ。ブレイズ組と俺達は、それぞれ別の目標を割り振られ出撃した。目指すは、旧ベルカ領奥地。今は国連委託統治領となっている山間部にある、表向きは使用されていない空軍基地だ。「チョッパー、そろそろ敵のレーダー走査空域に入る。高度を下げろ」後席のサンダーヘッドが指示してくる。「了解、ヘリのNOE並に低く行くぜ!」NOEとは"ナップオブ・ジ・アース"のことで、戦闘ヘリが地表をなめるような低高度を飛行することだ。別名を匍匐飛行とも言われる「地面とキスしないように頼む。いくら私がマゾでも、必要以上に痛いのはいやだからな」「ちっ、誰に言ってやがる!低空飛行はACMの次に得意なんだぜ!」相変わらずサンダーヘッドは落ち着きはらっているようだが、少しずつジョークも様になってきている。「河川沿いに飛べば敵基地に辿り着く。現在のところ察知された兆候なし」敵に感づかれないようレーダー発振はしていないので自力での走査は無理だ。だが迎撃機の有無は、偵察衛星からのデータリンクでわかる。それをモニターしているサンダーヘッドが知らせてくれたのだ。「目的地までの残距離、200マイル。到達まであと30分を切った」いよいよ敵の巣に近づいてきた。もしそこに核があるなら、当然防御体制も厳しいはずだ。予想されていた危険とはいえ、知らず知らずのうちにスティックを握る手が汗ばんでくる。緊張をほぐそうとサンダーヘッドに語りかけた。「なあサンダーヘッド、あんたは恐くないのかい?前回の任務でも落ち着いたもんだったし、AWACSの時だって冷静なもんだ。どうしたらそんなに落ち着いていられるんだい?」その答えは、思いもかけなかったものだった。「私だって恐いさ。こないだだって心臓が縮み上がりそうだったよ。だけどな、私は何があっても取り乱すまいと誓ったんだ、死んだ私の家族と私の管制ミスで死なせてしまった若者たちの魂にね…」サンダーヘッドは噛み締めるように、その過去を語り出した。この戦争が始まった直後のこと、哨戒任務に就いていた彼のAWACS機が強力なECMを受け、レーダー機能を失った。そこへCAPを装った8492飛行隊からの無線が入り、その内容は「敵大型爆撃機が侵入、追跡するも、逃走を許してしまったので他隊に攻撃を依頼したい」というものだった。レーダー関係が全てアウトになるという異常な状況にかなり焦っていたサンダーヘッドはそれを信用して、敵の進撃予想空路に近い位置にいた訓練中のアグレッサー部隊に攻撃を命じたのだ。しかし敵爆撃機というのは真っ赤な嘘で、"灰色の男たち"の手先によってIFFを故障させられたVIP輸送機だったのだ。「奴等の言葉を鵜呑みにして、私は攻撃命令を出してしまった。しかも乗っていたのは…」その機に搭乗していたのは大統領の側近であり、極秘でユークトバニアとの和平交渉に当たることを命ぜられた特命全権大使である外交官のシュタイナー大使、すなわちサンダーヘッドの父だったのだ。しかも彼は、外交官の常として家族を随伴させていた。それはサンダーヘッドの妹と母だった。「私は自らの手で家族に死刑を執行してしまったんだよ」そしてその後に入った8492からの通報「敵の爆撃機というのは間違いだった。敵性分子の謀略だ!特命全権大使を乗せた輸送機が撃墜された!攻撃実施部隊は敵の手先となっている。当隊で裏切り者を撃墜したいので、許可を!」父と家族を死なせてしまい逆上していたサンダーヘッドは、この通信をも信じてしまい、8492によるアグレッサー部隊の撃墜を許してしまったのだ。「あの時私が、もう少し落ち着いて考えることができていたら、冷静さを失わずにいたなら家族も、有為の若者たちも、死なせずに済んだろう…あの日以来、私はできる限り冷静さを失うまいと自分に誓ってきたんだ」血を吐くような言葉だった。しかし俺には慰める術はない。どんなに言葉を飾ろうと、サンダーヘッドの心を癒すことはできない。それでも俺は、涙をこらえながらサンダーヘッドに語りかけた「なんて言えばいいのかわかんねぇ。仇を討てなんて言ったらあんたはきっと怒るしな。でもよぉサンダーヘッド、あんたを嵌めた奴らは核を使ってオーシアやユークを脅そうとしてる。そして、ベルカを軍事大国として蘇らそうとしてるんだ。この野望を叩き潰すことが、死んでいった人たちへの弔いになるんじゃねぇのかな。だからよ、たまには熱くなってもいいんじゃねぇか?すまねぇ、俺ぁおしゃべりだけどこういうことになるとうまく言えなくてよ。でもよ、あんたの気持ちがわかんねぇわけじゃねぇよ。俺にしたって前の戦争で親父もお袋も殺されちまってるからさ」本当にこの手の話は苦手なのだ。だからわざと道化ぶったり、陽気にふるまったりするのだが。しかし俺の気持ちは、少しはサンダーヘッドに伝わったようだ。「すまない、チョッパー。君もディレクタスでご両親を亡くしていたんだな。私のせいで嫌なことを思い出させてしまったようだ。申し訳ない」本当にすまなそうにサンダーヘッドが謝る「そんなことはいいけどさ、あんまし自分を責めるのはやめたほうがいいぜ。あんた生真面目過ぎるからさぁ。自分に籠っちまうってのは良くねぇし。でもなんで俺の両親がディレクタスで死んだのを知ってるんだ?」「ノベンバーでの戦闘の後、君のご家族にお悔やみを言いたくて君の考課表の身上書を読ませてもらったんだ」そういうことか。サンダーヘッドは俺の戦死を自分の責任のように悔いていたので、せめて家族に弔辞と戦死の時の状況を知らせたかったとのだと言った。俺の両親は工業ロボットの開発技術者で、当時から優秀な工業技術を誇っていたウスティオ共和国の首都ディレクタスに、技術供与を受けるために出向していたのだ。そしてベルカ軍撤退の際の徹底した都市破壊に巻き込まれて死亡した。当時中学生だった俺は孤児となり、施設へと入所したのだ「そうだったのか、随分迷惑をかけちまったようですまなかった。でもあんたの苦しみに比べりゃ、俺の悲しみなんて屁でもねぇ。だけどよぉ、もう少し自分を出してもいいんじゃねぇのかなって俺は思うぜ。性格もあるから、一度には無理だとは思うけどさ。じゃねぇと、またストーンヘッドとか言っておちょくるぜ。あんたはもう石頭なんかじゃねぇんだ、俺の親友じゃねぇか」サンダーヘッドと親しくなる以前のこと、彼の堅苦しさと度外れた生真面目さを揶揄して、そのTACネームを俺が勝手に”石頭ストーンヘッド”などと呼んでからかっていたのだ。「確かに君の言うとおりの石頭だったかなと、今になって思うことも多いんだ。硬直した思考では柔軟で臨機応変な指揮などできはしないってね。君には教えられたよ。無駄口ばかり叩いてるとあの頃は腹を立てて叱言を言ったが、君は君なりに一生懸命部隊のみんなの緊張をほぐそうとしていたことも今はわかるしね。それにこうして私を励ましてくれている。君は優しい人だな、チョッパー。君がノベンバーで墜落するまで、私は君を誤解していた。改めて謝るよ。君は立派な戦闘機パイロットだ、そして私など及びもしない立派な人間だと思う。石頭の私を友と呼んでくれてありがとう」「よせやい、照れるじゃねぇか。まあ危機に臨んで冷静な相棒がいりゃぁ大助かりだけどさ。あんたの暗さが気になってな。前向きに考えてくれてるならそれでいいさ」俺たちは時の経過と共に親しみを増し、やがては無二の親友と呼ばれるようになる。サンダーヘッドにしてみれば、おしゃべり小僧の相棒というのは似合わないような気もするが、結構いいコンビではあると俺は思うのだった。そうこうしているうちに目的地が近づいてきたようだ。地形が開けたものに変わってくる
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