11月5日 空母ケストレル、ブリーフィングルーム
ウォードッグ救出から一夜明けた翌日、皆に艦長兼司令官アンダーセン少将から召集がかかった。「アテンション!」先任情報士官が号令をかけ、全員が起立する。艦長とウォルフガング・ブフナー大佐が演壇に立った。「諸君、昨日はご苦労だった、楽にしてくれ」気をつけの姿勢を解いて着席する。「今日集まってもらったのは、君達の新しい編成と今後の作戦概要を説明するためだが、先に本艦の新しい航空団司令を紹介しておく。ウォードッグの面々は顔馴染みだと思うが、改めて紹介しよう。ピーター・N・ビーグル特務少尉ことウォルフガング・ブフナー大佐だ。以後の航空作戦の指揮は彼が執ることになる。また、当艦隊の全艦船と航空機は本日付をもってオーシア国防軍の指揮下を離脱、大統領直轄部隊となることを伝えておく」艦長が演壇を譲り、代わりに大佐が口を開く「艦長より紹介されたウォルフガング・ブフナーだ。諸君に異存がなければ、只今から小官が航空作戦の指揮を執るが、いかがだろう?」俺達は顔を見合せ頷き合った。勿論異存などあるわけはない。"凶鳥フッケバイン"の異名を取る偉大なる撃墜王の指揮なら安心して作戦に従事できるというものだ。全員が拍手で応える。「どうやら異存はないようだね。諸君も薄々感付いているとは思うが、これからは"灰色の男達"の陰謀を破るための戦いとなる。今までより更に激戦となることは必至だが、世界を終戦に導くためのさきがけとなるべき戦いだ。諸君の健闘に期待する。さて、まず最初に航空団の編成だが…」昨日俺に話があったように、旧ウォードッグ隊は解隊、新たに『独立第1戦術戦闘攻撃飛行隊、通称ラーズグリーズ』が編成された。隊長にはエーリッヒ・ブレイズ・ハルトマン"ブービー"中佐、二番機には今までどおりケイ・ナガセ"エッジ"少佐が入り、三番機兼セクションリーダーにマーカス・スノー"ソーズマン"少佐、四番機ハンス・グリム"アーチャー"大尉の四機が基幹となる。そして俺の部隊の独立第2戦術戦闘攻撃飛行隊、通称ウォードッグだ。新編成と共に大半の者が昇級している。編成発表を終えた大佐が続ける。「諸君には空母からだけではなく、現在海軍工兵隊によって構築中の陸上滑走路からも出撃してもらえるようになるだろう。そうなればAWACS等の大型機の作戦参加も可能になるが、工事に今しばらくの時間が必要だ。当面は艦載機での作戦となることを了承しておいてくれ。では"灰色の男達"について説明しておこう。」灰色の男達、俺が戦線離脱するきっかけを作り、ブレイズ達を抹殺しようとした軍に巣食う悪党どもの正体が明かされる。「灰色の男達とは15年前のベルカ戦争を引き起こした中心人物たち、主に政治家や軍人だが、それらの総称だ。自国の上空へ戦術核を落とす命令を下したのも彼らだった。彼らの目的は自国を敗北に導き、弱小国へと追い落としたオーシア連邦とユークトバニア連邦共和国に復讐するため両国の間に憎しみを生み出し開戦させ、両国を疲弊させるためさまざまな手段を使い戦争を長引かせ、やがてはベルカを再び統一して軍事大国の座に返り咲くことだ。この件に関しては、調査に協力してくれたヘルムート・シュタイナー中佐"サンダーヘッド"と呼んだほうがお馴染みかな?からも話してもらう。情報士官、シュタイナー中佐を呼んでくれ」情報士官が艦内電話でサンダーヘッドを呼び出した。糊のきいた制服をピシッと着こんだサンダーヘッドがブリーフィングルームに入ってくる。相変わらずの堅物そうな格好だなと、俺は苦笑した。と、そんな俺の姿を認めて、サンダーヘッドが駆け寄り俺の手を握る。「チョッパー、生きていたそうだな!艦長や大佐に聞いて大喜びしてたんだ!真っ先に会いに行きたかったが、情報をまとめるのが先になってしまってな」あのスタジアムの空戦で、俺の戦死を一番悲しんでくれたのは、彼かもしれない。不時着場所もなかったために、乗機をスタジアムに墜としたのだが、射出座席故障のため一時は機と運命を共にするつもりだったのだ。その時初めて皆はサンダーヘッドが叫ぶのを聞いた。決して大声をあげることなく、パイロットを愛称で呼ぶこともなかった堅物の空中管制指揮官が、声を限りに「諦めるなチョッパー!最後まで頑張るんだチョッパー!」と。昨夜ブレイズに聞いた話によると、俺の機が墜落するのを認めた彼は「チョッパー!」と叫び声をあげ、以後は慟哭しながら指揮管制を最後まで執り続けたという。応援部隊が到着し、空戦が終焉をむかえた時にサンダーヘッドは皆に「スタジアム上空の脅威は排除された。観客及び住民の被害は、避難時の混乱による若干の負傷者以外には無し。ダヴェンポート大尉機墜落による人的被害は皆無、副大統領も無事避難に成功した。チョッパーは…彼は最後まで模範的パイロットだった。滞空中の全機へ、当機は彼の墜落地点であるスタジアムをフライパスし黙祷を捧げる、全機後続せよ…ダヴェンポート大尉に敬礼!」こう言ったという。電気系統も故障し無線もアウトになっていたため脱出に成功したことを知らす術もなく、その後アンダーセン艦長の指示でケストレルに留め置かれ存在を秘匿されたので、生存を知らせることもできずにいたのだ。だから、彼に対してかなり申し訳ないことをしてしまった。「すまなかった、サンダーヘッド。もっと早く生きてることをあんた達に知らせたかったんだが…」サンダーヘッドは顔中涙でくしゃくしゃにしながら笑ってくれた。「そんなことはいいんだ、君が生きててくれて本当によかった!」そう言うとふいにサンダーヘッドは表情を曇らせ「あの戦闘では私は君を救うこともできず、敵の侵入を未然に防ぐことができず、被弾させてしまった。許してはくれないだろうな…私は指揮管制士官として失格だ。謝って済むとは思えないが、本当に済まなかった」深々と頭を下げるサンダーヘッド。彼は俺の墜落をこんなにも気に病んでいたのか!『堅物』『石頭』と呼ばれることの多い彼だったが、あくまで任務に忠実であろうとしただけなのだ。彼の中に熱い情熱と、暖かい情が通っていることに俺は今になって気付いた「あんたが謝ることじゃねぇ、悪いのはあの8492のクソッタレどもだ!それを教えに来てくれたんじゃねぇのかよ?それに、あんた以外に俺達を統率できる指揮管制士官なんていやしねぇ!俺達ウォードッグが戦果をあげ続けてこれたのは、決して俺達が優秀だったわけじゃねぇよ、サンダーヘッドの指揮管制があったからなんだ!」サンダーヘッドが俺の目をじっと見つめてくる。「君は私を許してくれるのか?」俺は彼に頷いた。「許すも許さねぇも、俺達のAWACSはいつだってサンダーヘッドさ!」そう言って、俺達二人はがっちりと手を握り合った。サンダーヘッドは、スタジアム上空の戦闘の後、今までも数度に渡り空中指揮管制が乱されたことを不審に思い、独自に調査を始めたという。謎の飛行隊"8492"の度重なる戦場への介入や、友軍の作戦情報がリークしていたこと、命令もしていない民間施設への敵味方不明部隊の攻撃…数え上げればきりがないほど不可解なことが起こっていたのだ。おやじさんこと大佐の協力を得て、サンダーヘッドは核心に迫った。オーシア政府と国防空軍の中に、旧ベルカ公国の好戦派が少なからず潜り込んでいること、オーシア軍部への兵器納入を担っている兵器航空機製造メーカー『グランダーIG』の社長や幹部が陰謀に加担しており、表向きオーシアの軍需企業としてオーシア軍の装備調達に関わるが、その裏でベルカの事実上の工作機関として暗躍し、ユークトバニア連邦共和国に対する武器・技術供与を始めとする工作活動を行っていること、そして破壊工作や、情報欺瞞を行う実行部隊が存在し、そのひとつが8492飛行隊で、そのメンバーはオーシア軍部の好戦派が雇い入れた旧ベルカ軍人の傭兵であること。余談だが、サンド島基地司令部副官のハミルトン少佐は、連絡将校としてこの部隊に出向した折に洗脳されたという。また、敵国ユークトバニアにも同様の部隊が存在し、戦争の長期化を企んでいるという。そして彼らの目的とは…。サンダーヘッドが続ける「ブフナー大佐からも聞いたと思うが、彼らの目的は、オーシアとユークトバニア両国にまたがって兵器を廉価で供与し、政府首脳及び軍上層部を情報操作することによって、この戦争を長期化して両国をできる限り疲弊させ、ベルカを軍事大国として返り咲かせることにある。彼らは目的達成のために核すら使うことも予想されている。ベルカ戦争終結時のどさくさに紛れて、数発の戦術核弾頭を持ち出した形跡がある。既に継戦派の副大統領は既に彼らの甘言によって傀儡となっている可能性が大であり、公的には病気療養中の大統領は、敵性勢力によって幽閉されていることが判明した」代わって大佐が口を開いた。「サンダーヘッドの説明通りだ。余談になるが、私やアクスルの父であるホーエンドルフ大佐に自国への核攻撃を命じたのも、今のグランダーIGの幹部だ。当時はベルカ空軍の上級幹部だった者もいたからね。彼らは核の使用も辞さない。彼らに核を使用させてはならん!幸いにして、海軍第3艦隊は艦載機搭乗員の枯渇を理由に、戦力外と見なされている。我々はこの立場を利用し、軍の作戦を支援しつつ特別任務にあたる」核の使用も辞さず…ということは、どこかにまだ核を隠匿しているということだ。早急に見つけ出す必要があると俺たちは感じた。しかし、水面下でおやじさんやアンダーセン艦長の協力があったとはいえ、よくこれだけの情報を集められたものだ「サンダーヘッド、あんたこれだけの情報を集めて、よく無事だったな?」俺の問いかけに「無事には済まなかったんだ、チョッパー。政府内の反乱分子を探している時に、相手方に察知されて捕まってしまってね」軍内外をかぎまわるサンダーヘッドの動きに気づいた"灰色の男達"は、彼を逮捕拘束したという。逮捕前に辛うじてケストレルへ連絡を入れることに成功したサンダーヘッドの救助要請を受け、首都へ連行する途中で彼の身柄を、武装テロリストを装ったシーゴブリンの一個小隊が奪還したというわけだ。核の隠匿場所については、現在あらゆるチャンネルを使って捜索中だという。場所さえ特定できれば、奪取もしくは、破壊できるのだが、今しばらく時間が必要なようだ。再び大佐が口を開いた。「さしあたっての諸君らの任務だが、現在幽閉中の大統領を救出保護する。情報収集艦アンドロメダが、大統領側近から送られてきた暗号通信の解読中だ。恐らく一両日中に軟禁場所も明らかになるだろう。任務に入る前に、搭乗員諸君はハンガーデッキに赴き、搭乗機の選定を済ませておくこと。本艦隊に随伴する情報収集艦が集めた情報によって、グランダーIGが極秘裏に輸送しようとしていた航空機輸送艦を数隻拿捕したので新鋭機が多数確保できた。よく選んでくれたまえ」新しい機体がもらえるのか!そういえば1週間ほど前に、シートを被せた機体を相当数受領していたようだが、あれは俺達のための機体だったのだ。格納庫甲板に向かうパイロット達を見送り、1人残った俺に「どうしたね、チョッパー?みんなと一緒に新しい愛機を選びに行かないのかい?」と大佐ことおやじさんが話しかけてきた。その横で意味知り顔で艦長が笑っている。「大佐、彼は不安なんだよ。初めての隊長職で、何から手をつけていいのかもわからないしね、そうだろう中佐?」そうなのだ。恥ずかしい限りだが艦長の言う通りなのだ。おやじさんは吹き出しながらも優しく答えてくれた。「君らしくないとも、君らしいとも取れるが…まあ今までよりは書類仕事は増えるよ、いくら幽霊のような部隊でも、軍の機構には組み込まれているわけだしね。でも心配するな!誰にでも初めのという時はあるし、艦長にも私にも初めてはあったんだ。君の考課表を見させてもらったが、ちゃんと上級職指揮幕僚課程も受けているし、作戦・整備・補給他の各担当士官の資格も取ってる。しかもその全てがほぼブレイズと同じトップクラスの成績で修了している。前の隊では、君は司令官に嫌われていたから隊長に推薦されなかっただけだ。ブレイズの代わりに、言いにくいことや司令部や上官に対する意見を、率先してやってきたのも側にいて見てきた。それに、開戦から今日まで十分な経験も積んできたはずだしね、心配いらんよ。君なら立派に勤まる!」えらく買い被られたものだが、ここまで俺を評価してもらえたなら応えるのが男ってものだ!「慣れぬ書類仕事等はイプシュタイン少佐が補佐してくれるだろう。彼はエースであると共に、優秀な幕僚でもある。アクスルにしてもマクガイアにしても然りだ。彼らが君を助けてくれるさ!それから、君を隊長に強く推したのが他ならぬシュタイナー中佐でね。新しい部隊の隊長には、全ての面において立派に隊長職が勤まるのは、模範的パイロットである君以外に考えられんと言ってくれてな」サンダーヘッドが…俺の胸の中が熱いもので満たされていくのを感じた。「大丈夫さ、君なら立派にやれるよ。口数は多いが、任務に対しての責任感は人並みはずれて強い君なんだ!」サンダーヘッドが言葉を添える。「口数が多いってのは余計だがな、誉めてくれてありがとうよ、サンダーヘッド!」「艦長、おやじさん。未熟かもしれませんが、俺なりに精一杯頑張ってみます!それが俺を信じてくれた人への恩返しとなることを願って頑張りますよ!」「その意気だ!わからないことがあれば、遠慮せずに私や艦長に聞くといい」艦長が大きく頷きながら、「これで閑古鳥が鳴いていた本艦も賑やかになるだろう。隊長、早くハンガーデッキに行ってあげなさい。皆が待っている」俺はブリーフィングルームを後に、ハンガーデッキへと向かった。

1 暴かれた陰謀

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