■第1章〜再会〜■

 2012年11月3日オーシア北部カーウィン島のフィヨルド、空母ケストレルフライトデッキ。
第三艦隊派遣海兵隊、通称シーゴブリンの強襲ヘリMH53Mが着艦し、後部貨物室のドアが開く。ペイロードマスターに先導されてフライトスーツの5人がデッキ上に降り立った。懐かしい顔ぶれ、俺の所属していたオーシア国防空軍第108戦術戦闘飛行隊サンド島分遣隊、通称ウォードッグの面々だ。隊長のブレイズ、ナガセ、グリム、整備班の「おやじさん」ことピーター・N・ビーグル特務少尉(いや、ウォルフガング・フォン・ブフナー大佐と言うべきか)、従軍カメラマンのジュネット、なんと俺の愛犬のカークもいる!再会の嬉しさを我慢できずに俺は彼らに駆け寄った。グリムが俺の顔を認めて驚きの声を上げる。「チョッパー大尉!生きてたんですか!」いつもは冷静なナガセも「チョッパー!」と大声で驚きを表してくれる。カークが飼い主の俺を見て嬉しそうに吠えながらじゃれついてきた「あたぼうよ!おしゃべりチョッパー様は不死身だからな!みんな元気そうでなによりだ、怪我もないようだな」彼らの驚くのも無理はない。約1ヶ月前のノヴェンバー市上空の防空戦で、俺は戦闘中乗機に被弾し、電気系統と射出システムに故障をきたしてしまったのだ。動力系統にも敵弾を受けたため、洋上や市外へ傷ついた機体を誘導することも不可能になった。不時着できるような場所も無く、墜落に伴う爆発などによって民間人を巻き込むことを嫌った俺は、機体と共に無人となったスタジアムに墜ちる決意をした。しかし、その時ブレイズが機転を働かせ、アクロさながらの機動で俺の機のキャノピーを自機の翼端で叩き割ってくれたのだ。死中に活を見出した俺は、機体の軸線をスタジアムの中心に置いて降下するようにセットするとともに、ハーネスを解いて機体から脱出したのだ。この日はノベンバースタジアムで、副大統領を来賓に招いての大規模な平和集会が開催され、敵はそれを狙って攻撃を仕掛けてきたのだ。俺たちウォードッグ編隊は、部隊の功績が平和に貢献するものとの評価を受けて、スタジアム上空で展示飛行を行っていた。その直後に空襲が起こったというわけだ。AWACSからの救援要請も出されたのだが、友軍を装った欺瞞通信とジャミングによって救援部隊の到着は遅れに遅れてしまったのだ。これより前にも不可解な事件が相次いでいた。味方機に偽装しての民間施設攻撃や、友軍部隊への攻撃などが立て続けに起こっていた。おやじさんからの情報では軍や政府内部に隠棲する旧ベルカ公国の急進派と、オーシア政府及び国防軍の好戦派の仕業であり、その実行部隊のひとつが8492飛行隊と呼ばれ、本来はオーシアがベルカ戦争の終戦後に空軍を強化するために雇い入れたベルカ人エースパイロットのアグレッサー部隊だったらしい。とにもかくにも脱出に成功した俺にブレイズから秘話チャンネルで「生存は伏せておく、空母ケストレルから迎えが来るからその指示に従え」との連絡があったため、救難信号の発信も行わずに、空母ケストレルが寄こした救難ヘリに乗った。ケストレルに着艦した俺を艦長のニコラス・A・アンダーセン少将が迎えてくれたのだが、艦長は以前からおやじさんと親交があり、おやじさんの正体が、かつて『凶鳥フッケバイン』と呼ばれた元ベルカ空軍のトップエース、ウォルフガング・ブフナー大佐であること、軍内部に巣食う不穏分子の調査を独自に行っていることなどを話してくれたのだ。少し前から俺たちウォードッグのメンバーが軍の好戦派に疎まれ、スパイの濡れ衣を着せられてることを憂慮したおやじさんとアンダーセン艦長の判断で、俺の生存を秘匿することにしたらしい。仲間たちもブレイズ以外は俺の生存を知らされていなかった。その日以来、俺はこの空母の客分となったのだが、前日夜半、俺はこの母艦で唯一残存している戦闘機乗りのスノー大尉と共に、艦長アンダーセン少将から出撃を命ぜられ作戦の説明を受けた。その内容は「ウォードッグ隊が敵と通じているという嫌疑によって拘束されようとしている。軍の好戦派と灰色の男達の陰謀だ。奴等は有無を言わさず撃墜しようとするだろう。彼らを拘束させるわけにはいかない。先ほど入った連絡によると、現在基地内に潜伏中、明日未明、ウォルフガング大佐指揮のもと奪取した機体に搭乗して基地を離脱するとのことだ。サンド島司令部からは既に『ウォードッグ逃走の可能性有り、警戒を厳にし脱走発生の際は警告無しに撃墜せよ』と各部隊に警戒命令が発せられた。彼らを死なせてはならん!本艦が彼らを受け入れ、終戦に向けての戦闘を継続する。ダヴェンポート中佐とスノー大尉は彼らの行動を支援するため搭乗員脱出後、乗機を撃墜し死亡を偽装せよ。尚、脱出予定海域にはシーゴブリンを派遣し海兵隊が救難にあたる」この命を受け、まだ夜が明けきらぬうちに母艦を離艦し、CAPを装いながら会合予定空域に進出した。サンド島司令部から緊急通信「ウォードッグ隊が練習機を奪取して逃走した!8492飛行隊が追跡したが、振り切られた模様。低空を飛行しているのか、レーダー反応は無し。滞空中の全機は逃走機発見及び撃墜を急げ!」ブレイズたちは無事逃げおおせたようだ。0710時、彼らの搭乗する練習機を視認した。サンド島コントロールには数分前に、脱走機撃墜命令を受領し、当隊が処理にあたる旨を送信してある。練習機に向けての無線使用は傍受される可能性があるのでできない。スノー大尉がフラッシュライトを使って発光信号を送る。「ベ・イ・ル・ア・ウ・ト・セ・ヨ」先導機の前席員とバイザー越しに視線がからむ。「シ・ン・ジ・ロ」前席員が頷いて了解のサムアップサインを見せた。ここからが正念場だ。彼らが死亡したように偽装せねばならない「サンド島コントロール、脱走機を視認した。只今より交戦する。脱走機は4機。全機撃墜して構わないのか?撃墜許可を乞う」サンド島コントロールが答える。灰色の男達の仲間と思われる、サンド島基地副官ハミルトン少佐の声だ。「こちらサンドコントロール、全機撃墜せよ、繰り返す、全機撃墜せよ」スノー大尉が了解のコールを送信した時、続けざまに練習機のキャノピーが飛び、射出座席が機体から弾き出された。機体を翻して一旦距離をとり、無人となった機体にミサイルを撃ち込み仕上げをした。「サンド島コントロールへ、全機撃墜完了」「こちらサンド島コントロール、撃墜をレーダーで確認した。生存者の有無を知らせよ」「生存者は無し、射出座席は飛び出さなかった。全機生存者は無いものと思われる」我々に随伴してきたE-2早期警戒機のレーダーデータをモニターしているはずだが、射出座席までは映っていないようだ。「サンド島コントロール了解。洋上に飛散している撃墜機の破片を撮影したE-2からの電送写真も受領した。この様子では生存は考えられないだろう。ご苦労だった、貴隊の帰投を許可する」作戦は成功した。そしてレーダーに映らない低空に占位していたシーゴブリンが、彼らをピックアップして空母へと伴ったというわけだ。ウォードッグのメンバーと抱き合うようにしてお互いの生存を喜び合った俺は、彼らがずぶ濡れであることに気付いた。「ノベンバーでのことは、後でまた詳しく話すから、艦長に乗艦許可もらって、熱いシャワーでも浴びてこいよ。風邪ひくぜ!」たとえ僅かな時間とはいえ、水温の低い海に浸かっていたのだ。救助に手間取っていたら、凍死していたかもしれない。「では艦長に報告に行くとするか」とおやじさんに連れられて、彼らは艦橋へと向かって行った。この時まだ俺は、これでまた気心知れた馴染みのメンツで飛べると思っていたのだが、それは間違いだったと数時間後に知ることになる。

1 ウォードッグ生還


2 僚機着任

オーシア海軍第3艦隊旗艦空母ケストレルのダーティシャツワードルーム(第2士官食堂)。夕食の時間は遥かに過ぎているためか、食堂内は閑散として俺とおやじさんの他には数名がいるだけだ。サンド島基地を、俺の仲間と共に脱出してきたおやじさんは、この空母のエアボス(航空団司令)に就任するようだ。俺はというと、先月起こったノベンバー市空襲迎撃戦闘で、乗機の射出座席が故障したため脱出不能となり、機と運命を共にしたことになっているが、その実、隊長であり同期生のブレイズの機転により、彼が俺の機体のキャノピーを破砕し、ギリギリのところで機体から自由落下によってパラシュート降下することができ、九死に一生を得た。その後ノベンバー市立病院屋上に飛来したケストレルの救助ヘリに乗せられ、空母の客分となったというわけだ。俺としては、原隊復帰を願い出たのだが、司令官兼艦長のアンダーセン少将には何やら腹案があるらしく、生存していることを伏せるように諭されたのだ。しかし、それもこれまでだろう。先ほどおやじさんに連れられた仲間達とも再会を喜び合ったことだし、またいつものメンバーで空に戻れるのだ。「どうかねチョッパー、艦内生活もだいぶ慣れたようじゃないか。」相好を崩しながら、おやじさんが語りかけてくる。苦笑とともに「出撃任務でもありゃ別ですが、幽霊としては艦内をうろつくくらいが関の山っすから。」俺は少しふて腐れたふりをしながら答えた。「すまん、すまん。でもあの時点では、君は戦死したことにしておいたほうが、作戦遂行上都合良かったしね。まあこうして再会できたわけだから、許してほしい。」謙虚に頭を下げられたら、ふて腐れてもいられず俺も苦笑を返す。何はともあれ、俺は生きて空に戻れることを喜ぶべきだ。その時おやじさんの口から意外な言葉が出た「ところでチョッパー、君はブレイズの隊には戻さないよ。」「なんですって!?」なぜだ、俺は開戦以来彼らと共に戦い、それなりの戦功も残してきたつもりだ。なのに原隊に帰さないとは。俺の怒りを抑えるように両手を上下に動かしながら、おやじさんが話し始めた。「怒るのは無理もないが、話は最後まで聞いてくれ。我々を含めた第3艦隊の各艦及び航空機は、以後大統領直轄部隊となる。それに伴いブレイズ達のウォードッグ隊は解隊する。彼らにスノー大尉を加えたメンバーで、新しくラーズグリーズ隊を構成、そしてもうひとつの戦術戦闘攻撃飛行隊として、新生ウォードッグ隊を編成する。君にはその部隊の隊長に就任してもらう。仲間と離れて飛ぶのは辛いだろうが、君の能力を私に、いや、戦争終結を望む全ての人のために貸してはくれないだろうか。」俺が隊長だと?おしゃべりチョッパーと呼ばれる俺が…「ウォードッグの隊長って言われても、おやじさ…いや大佐、俺なんかまだまだ隊長の器じゃねぇし、だいいち搭乗員だっていやしねぇんじゃないですか?」そうなのだ。度重なる激戦で、この空母の航空団は壊滅に近い損害を受け、補充の搭乗員もないまま忘れられたかのような冷遇を受けていた。もっとも、作戦地域が大陸のため空母機動部隊の使い途がないということもあるのだろうが。「おいおい、そんなに自分を軽く見積もらんでくれよ。君はもう立派に隊長が勤まるだけの人間に成長してるんだ。むしろ遅すぎたくらいだよ。それに、心配はいらないよ。君の僚機として何人かを召集してある。みんないい腕だぞ。」そう言うと、おやじさんは食堂の奥のテーブルで本を読んでいたフライトスーツの男に声をかけ、手招きした。「待たせたね、こっちへ来たまえ。」男はおもむろに立ち上がり、ゆっくりとした足取りで俺達のテーブルに歩み寄る。空軍士官にしては長めの髪、澄んだ湖水を思わせる憂いを湛えた瞳の色、中肉中背ではあるが均整の取れた体つき。男は俺と目線が合うと、染み入るような笑みを浮かべた。「久しぶりだな、火の玉チョッパー。」「アクスル、アクスル・フォン・ホーエンドルフか!」アクスルが、その体にしては太い右腕を俺の首に回し、俺を抱き寄せた。「ノベンバースタジアムに墜落して戦死したと聞いていたが、叔父貴に生きていると聞いてほっとしてたんだ。相変わらず元気そうだな!」アクスル・フォン・ホーエンドルフ大尉、戦闘機パイロットしての溢れる才能を軍と国家に利用され、その人生すら弄ばれた悲運のファイターパイロットが俺の目の前に立っている。「アクスル、おまえもういいのか?」アクスルが就いていた任務の全てまでは知る由もないが、最後の任務となった某国原子力施設爆撃行では、彼の出撃後に相手国が国連の要求を呑み、施設の閉鎖を受け入れたのだ。無線封止して全ての電波の送受信を控えていたアクスル機に作戦の中止を伝達することができないこともあったのだろうが、隠密爆撃を行おうとしていたことが発覚することを恐れたオーシア政府の好戦派は、情報をリークしアクスルの撃墜を某国の隣国空軍に依頼したのだ。多数の迎撃戦闘機に待ち伏せされたアクスルは、戦線離脱もかなわずに自衛のためやむなく交戦したが、乗機は被弾。彼自身は無事脱出に成功したが、後席のWSO(兵装システム士官)はコクピット内を跳ね回った破片によって腹部を切り裂かれ、地上に降下した時には虫の息だったらしい。なすすべもなくアクスルは後席員の最後を看取り、遺体を異国の土に埋めることの許しを後席員の魂に詫びながら彼の埋葬をした後、数日間をかけて隣国のオーシア大使館に独力でたどり着いたのだった。母国帰還後、彼の口封じの意味なのか、昇進とアグレッサー部隊指揮官の椅子をオファーされたが、国家に対しての不信と絶望を痛感していたアクスルはその申し出を断り、軍を去った。隠棲に近い生活を送り酒浸りになっていたらしいが、心の支えとなる女性と出会い、ようやく人並みの幸せを得ることができたと感じていた彼を、運命は尚も翻弄した。最愛の女性であり、唯一の家族であった妻のカナさんを、病魔が襲ったのだ。リンパ腺系癌。不治の病に冒されたカナさんは、若くして世を去り、再びアクスルは孤独と絶望に包まれ、以前にも増して酒を過ごすようになり、アル中となっていったと噂で聞いていたのだのだ。「叔父貴にどやしつけられてな。カナが最後に残した言葉を忘れたのかってね」叔父貴とは、おやじさん、ウォルフガング・ブフナー大佐のことだ。ベルカ戦争当時、ベルカ空軍に所属し凶鳥フッケバインと呼ばれ、味方からは絶大なる信望と尊敬を集め、敵からすら畏怖されたベルカ空軍の撃墜王。自国への核攻撃命令を拒み、単身でベルカ空軍から離脱してオーシアに亡命してきた過去を持つ。アクスルの父である、エーリッヒ・フォン・ホーエンドルフ大佐とは親友だったため、独身を通していたおやじさんからは、我が子のように可愛がられていたらしい。父のホーエンドルフ大佐は、おやじさんから一緒に離脱することを薦められたが、家族を残して逃げることはできないと誘いを断り、攻撃部隊に特攻をかけ戦死した。故郷の北ベルカは核の攻撃を受け壊滅、彼の実家の古城も焼き尽くされ、母も他の家族も残らず死亡したのだった。この時アクスルは修学旅行中だったために、災禍を逃れたのだが、帰るべき故郷を失い難民の群れに加わり、ベルカからオーシアへと亡命したのだった。彼の亡命を助け、孤児院へ入所させたのがおやじさんと、ウォードッグ隊初代隊長のジャック・バートレット大尉だったのだ。同じく戦災孤児のブレイズと俺も、この孤児院に寄宿していた。そして3人は戦闘機パイロットの道を歩むことになる。カナさんが遺した言葉とは「あなたが住む場所は遥か高みの空。その蒼い空の向こうから、いつまでも見守っています。夢を叶えてね」と最後に言い残したという。アクスルの夢、それは最強のイーグルドライバーになることだったのだ。「結局空からは離れられそうにはないよ。アル中のリハビリも完璧にやったしな。ここに来るまで再教育過程も済ませてきた。心配いらんぜ。」と言いながらアクスルはにやりと笑い、親指を立てた。「彼の他にも、二名の搭乗員が間もなく着任することになっている。名前はアクスルから聞きたまえ。びっくりするよ。」と言いながらおやじさんは片目を器用につぶって見せる。「あとでブレイズ達も含めたブリーフィングを行う。それまで二人で旧交を暖めるといい」そう言いながら、おやじさんは席を立った。「とにかくよろしく頼むぜ、隊長!」よしてくれ。鋼鉄の鷲と異名を取るアクスルを従えて飛ぶなんざ10年早えぇぜと胸の内で毒づきながら、他の二名の名を尋ねてみる。勤厳なアクスルには似合わないようなニヤニヤ笑いをしながら「気になるか?」と口を開く。当たり前だ。アクスルだけでもびっくりなのに、おやじさんはまだびっくりすると言っていたのだ。気にならない方がおかしい。「副長兼三番機としてゴードン・イプシュタイン、その僚機としてリチャード・マクガイアが着任する。どうだ、旧ウォードッグと比べても遜色あるまい?」びっくりどころじゃねぇ、情けない話だが、俺は驚きのあまりあんぐりと口を開いたまま、しばし言葉が出なかった。「おい、どうした?アルヴィン、どっか具合でも悪いのか?」怪訝な顔をしたアクスルの言葉でようやく我に帰ったという有り様だ。「ああ…すまん。イプシュタインにマクガイアだと?あの?」「そうだ。あのイプシュタインとマクガイアだ。不足なのか、おまえ?」冗談じゃない。二人共トップクラスのエース中のエースではないか。ますます俺は不安になってアクスルに頼み込んだ。「なあ、俺さぁ全然自信ないから、アクスルおまえ代わりに隊長やんない?」と言うと、俄に表情を引き締めたアクスルが厳しい声で話し出した。「情けないことを言うなよ。おまえは開戦からずっとウォードッグで戦ってきた。常に劣勢を強いられながら、激戦区と呼ばれる戦線を支えてきたんだぞ。それも旧式の機体でだ。責任感にしても、俺には真似できないような大きなものを持ってる。あのノベンバー上空で、避難する民間人を巻き込まぬように我が身を犠牲にして、スタジアムに機体を堕とそうとした。再教育訓練の教官から聞いたんだが、堅物で鳴る空中管制指揮官のサンダーヘッドすらおまえを模範的パイロットだと絶賛したそうじゃないか。アルヴィン、自分を卑下するのはよせ。自分ではまだ気づいていないようだが、おまえはもう人格も技量もトップエースなんだよ。なあに、俺も含めてみんな修羅場は何度も潜り抜けてきたやつらだ。細かい指示なんざ必要ないさ。おまえは先頭切って暴れまくればいい。後ろは振り返らなくていいぜ、俺が命に代えても守り抜いてやる。叔父貴が言ってたぜ、隊長機を任せられるのはおまえだけだってな!」こうまで言われては引き下がるわけにはいかないだろう。そう決めると、持ち前の負けん気が甦ってくる。「わかったよアクスル。背中は任せる」がっちり握手しながらアクスルと見つめ合った。そこへ従兵がイプシュタインとマクガイアを連れてやって来た。「中佐の居室にお連れしましたが、こちらにおられるとのことでしたので。」二人が直立の姿勢を取りながら、俺に敬礼する。少なからず照れている俺は頷くばかり。二人は姿勢を崩さない。横からアクスルが俺をつつき「答礼しねぇといつまでも敬礼の姿勢のままだぞ。」呆れたように小声で囁いた。慌てて答礼すると先任のイプシュタインが「ゴードン・イプシュタイン少佐ならびにリチャード・マクガイア大尉、只今着任いたしました。本日只今より独立第2遊撃戦術飛行隊ダヴェンポート中佐の指揮下に入ります。」二人に椅子を勧め、従兵にコーヒーを頼む。「イプシュタイン少佐、マクガイア大尉、よろしくお願いするよ、遠路ご苦労様」イプシュタインは俺やアクスル、そしてブレイズの先輩で、空軍士官学校で2期上だった人だ。実際問題として、先輩が部下に配属されるとやりにくいものだ。そんな俺の心配を見透かしたように彼が口を開く「士官学校の卒業年次など気にすることはないです。それに階級も今ではあなたのほうが上だし、数々の戦功から尊敬すべき人物であることもわかってますから」と笑いかけてくる。確かに俺は中佐の階級を得てはいるが、それはあくまで”戦死による特進”なのだ。生存しているのだから、昇進は取り消されて元の階級の大尉に戻るのが妥当なのでは?と疑問を口にすると、マクガイアが答えた。「その質問の答えを乗艦許可を頂く際に艦長より聞いておりますので、私が説明致します。」アンダーセン艦長いわく、『今更生きていたから昇進取り消しとも言えないし、中佐のまんまで差し支えないから』と言われたらしい。「でもよ、俺まだ生きてるぜ。だったら特進なしじゃないの?」「今更取り消すのが面倒臭いんじゃないのか?」とアクスル。「艦長もそう言ってましたよ」とイプシュタインが頷き、「一度戦死昇級した者を元に戻すには、ややこしい書類とか必要になるから、面倒だし、どうせ隊長を拝命するとなると、嫌でも昇級の運びになるはずだから、この際このままでいいだろうと…」このままでいい?面倒くさい?「あのさぁ一応軍なんだからそんないい加減な理由でいいのかよ?」アクスルが「いいんじゃないの、ラーズグリーズだってスノーの旦那以外は死んだことになってるんだから」と混ぜ返す。待てよ、このままってことは、俺は死んだまんま?「俺はいつ生き返らせてもらえんだよ?」「さあ、そこまでは聞いてませんがとりあえず、味方の中にも信の置けない者が多々いるのが現状だし、謎の部隊があった方が敵の虚を突くのに都合がいい面もあるんじゃないですか?謎の部隊に幽霊隊長なら敵もびびるだろうってエアボスが言ってましたけど」とほほ、当分幽霊のままかよ。まあ確かに謎の部隊がいれば、戦術にも幅を持たすことはできるだろうが。それにしてもラーズグリーズの悪魔に、ウォードッグの亡霊とは。さながらこの空母はお化け屋敷だ。でも悪くはないなと、俺は思った。半ば冗談のような会話になってしまったが、俺の戦死ネタで笑いも出た。おかげで堅苦しかった雰囲気がうちとけたものに変わった。やれる、このメンバーならきっと立派な戦果を挙げて生きて帰れる。俺は確信を持った。その確信は違うことなく、この日から終戦までを一人も欠けることなく、俺達は生き抜いたのだ。この欺瞞と謀略と偽りに満ちた不可思議な戦争を。
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